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新しい文学が生まれる都市 名古屋【その2】

<名古屋の直木賞・芥川賞作家>

 最も早くは、城山三郎(1927〜2007)が昭和33年に『総会屋錦城』で第40回直木賞を受賞した。城山は経済・企業小説の分野を切り拓いただけではなく、伝記文学の新しい領域を開拓したということで、昭和50年『落日燃ゆ』で吉川英治文学賞・毎日出版文化賞を受賞した。
 続いたのは、連城三紀彦(れんじょうみきひこ 1948〜2013)で、昭和59年『恋文』により第91回直木賞を受賞。恋愛小説の名手として知られるが、その3年前に日本推理作家協会賞を『戻り川心中』で受賞しており、ミステリー作家としても評価が高い。
 山口洋子(1937〜)は昭和60年『演歌の虫』で第92回直木賞を受賞した。作詞家として日本レコード大賞作詞賞も受賞している異才である。  宮城谷昌光(みやぎたにまさみつ 1945〜)は蒲郡市生まれで、当時名古屋にあった出版社から刊行した『夏姫春秋』で平成3年第105回直木賞を受賞した。
 大沢在昌(おおさわありまさ 1956〜)は平成5年『新宿鮫〜無間人形〜』で第110回直木賞を受賞。ハードボイルド小説の一人者と言われている。
 芥川賞では、尾辻克彦(1937〜)が、昭和55年『父が消えた』で第84回芥川賞を受賞している。尾辻は横浜市生まれだが、愛知県立旭丘高校美術科を卒業している。尾辻克彦は、現代美術家赤瀬川原平の筆名である。
 また、名古屋市西区生まれの諏訪哲史(すわてつし 1969年〜)は、平成19年『アサッテの人』で第137回芥川賞を受賞した。このように名古屋からは、個性的な作家が輩出している。

<作家が育った文学同人誌>

 名古屋は大正時代の「青騎士」以来、文学同人誌発行が伝統的に盛んで、そこから多数の作家が育った。代表的な文学同人誌を3誌紹介する。
 「作家」は戦後間もない昭和23年に創刊された。主宰の小谷剛(こたにつよし 1923〜1991)は翌24年『確証』で第21回芥川賞を受賞。「作家」は、平成3年まで43年間にわたり第516号まで刊行された。 「作家」への寄稿作家には、藤井重夫(昭和40年直木賞)、稲垣足穂(いながきたるほ 昭和43年日本文学大賞)、豊田穣(とよたじょう 昭和45年直木賞)、高橋三千綱(たかはしみちつな 昭和53年芥川賞)、加藤幸子(昭和57年芥川賞)らがいた。また「作家賞」を設けて、地道に作品を書き続けている全国の作家たちを奨励した。
 「東海文学」は昭和34年に創刊された。主宰は江夏美好(えなつみよし 1923〜1982)で、昭和46年『下々の女』(げげのおんな)により第11回田村俊子賞を受賞した。昭和56年第80号をもって終刊。
 「北斗」は昭和24年、木全圓壽(きまたえんじゅ)・清水信井沢純川島学らが創刊。平成24年3月現在で585号を数え、同人誌の発刊最多記録を更新し続けている。主宰の木全圓壽(1920〜1994)は、昭和32年の「切支丹俳諧師」で評論家花田清輝の賛辞を得た。
 また、木全が昭和45年に発会・主宰した「名古屋近代文学史研究会」は、郷土の埋もれた作家への地道な研究を40年以上にわたって進め、研究発表誌「名古屋近代文学史研究」は第178号(平成24年3月現在)を数えている。

 



日本の近代文学は名古屋から始まった
その1

その2
新しい文学が生まれる都市 名古屋
その1

その2


作家
「作家 第3号」(昭和23年)

東海
「東海文学 第3号」(昭和35年)

北斗
「北斗 創刊号」(昭和24年)


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